りんごばたけ

白い帽子を被った、高い高い山の合間に小さな小さな村がありました。

小太りな農夫は、村いちばんのかわいらしい娘のことを、心の中で好いていました。

決して彼女と疎遠なわけではありません。ある意味、適度な関係性を保てているとも言えます。しかし逆に、この関係性は農夫にとっても壊したくないものだともいえます。

それに農夫は、賭けに出るのが苦手な性分でした。賭けに出すほどの何かを自分が持っているわけでもありません。

恵まれた容姿もない、天性の剣術の才もない。何もない自分に何ができるのだろう。遅ればせながら、農夫は、手元にあったリンゴの苗を、自分の土地に丹念に植え始めました。

彼女はアップルパイが好物だ。僕のリンゴを使った、とびきりのパイをご馳走してあげよう。

農夫は来る日も来る日も泥だらけで仕事を続けました。通りかかった彼女がその様子を見て、頑張ってるのね、とひとことくれるだけでも彼の胸は躍ります。今はまだ準備の段階だ、彼女を喜ばせられるのはまだ時間がかかるぞ。

彼女の言葉はこの上ない肥料であり、それに応えるかのように、2年、3年と時間をかけ、ぐんぐんとリンゴの木は育っていきました。

そして、4年目の春、リンゴの木々には、それはそれは沢山の花が実ります。

と、見慣れない鎧姿の男性が馬に跨って農道を通り過ぎるではありませんか。兜を脱いだ彼の姿は細身で眉目秀麗。彼はこの先の砦に、春から護衛として赴任することになったそうです。

6月の晴れた日。村では1組の夫婦が生まれました。背の高く、引き締まった肉体が衣装の下からでも見て取れる新郎に、村いちばんの美しい新婦。村民の誰もが認める美男美女の挙式の列は、りんご畑を横切って伸びていきます。その日も農夫はせっせと手を泥で汚していました。

秋になり、農夫の畑には、それはそれはたくさんのりんごが実りました。努力の甲斐もあってか、どれも大粒で、甘味たっぷりの素晴らしい仕上がりです。

農夫はアップルパイを焼きました。彼女の家へと焼き上がったパイを届けます。

農夫がドアを開けた先にいた彼女のお腹は、こころなしか大きくなり始めていました。


農夫は全てを悟ります。


ひとりでは食べきれない量のりんごだけが手元に残り、かと言ってそんなもの放っておけば腐るだけ。

農夫はひとり畑に立ち、細々とりんごを口にするのでした。あまりに水気の多い、不味い不味いりんごでした。